10月25日は政治家・石井紘基(いしい こうき)氏が、2002年右翼団体代表を名乗る男に襲撃され命を落とした命日でした。
石井氏は在任中、カルト宗教問題や特殊法人問題を扱い、独自の調査結果をもとに国会で関係省へ追及するなど、『国会の爆弾発言男』として、当時注目を浴びていました。
不正を許さず、国民のほうを向いた政治姿勢は、生涯変わらなかった石井氏。
ここでは石井氏の遺志と、石井氏を恩師と仰ぐ泉房穂氏の使命感について調べていきます。
石井紘基と泉房穂における日本の政治
先ずは石井氏のプロフィールを簡単に紹介します。
石井 紘基(いしい こうき、1940年〈昭和15年〉11月6日 – 2002年〈平成14年〉10月25日)は、日本の財政学者、政治家。民主党などで衆議院議員(3期)、総務政務次官(羽田内閣)として活動。国会で政府支出の無駄遣いに厳しく切込み、とくに特別会計について詳細な研究を行った。統一教会、オウム真理教等のカルト宗教問題にも取り組んでいた。
引用元:Wikipedia
石井紘基の政治家としての代表的な業績
「特殊法人」という巨大な闇に初めてメスを入れ、その問題を国会で当時の政権へ突きつけています。
石井氏は、100近くの特殊法人、そして公益法人についても調査を開始し、発注操作、放漫経営、ファミリー企業への天下りなどを調べています。また政治資金の調査を行なうことで、特殊法人全体における、国会議員の利権の縄張りも見えてきていたようです。
泉房穂の明石市長としての取り組み
泉氏は明石市長在任の12年間、「人」に「やさしい」をテーマに、とりわけ子どもに対しての施策には、積極的に取り組まれていました。
そして施策が多くの人に選んでいただけるまちの魅力として、 人口の増加、賑わい、明るい子供の未来へとつながり、まちの好循環となりました。
5つの無料化
(1)子ども医療費の無料化(18歳までの全員)
(2)第2子以降の保育料の完全無料化
(3)生後3か月から満1歳までおむつを無料で届ける
(4)中学生までの給食費無償
(5)子どもの遊び場の入場料無料
明石市の来街者は7割増え、人口は10年連続の増加となりました。
また地価は7年連続上昇し、駅前の新規出店も2倍以上に増加、地域経済は過去最高益を達成しました。
そして、泉氏の市長就任前にあった市の借金100億円は任期中に完済、貯金も70億円から100億円に増加したようです。
市税が増えたことで、高齢者への支援も手厚くできるようになりました。
こうして子どもへの支援が、地域経済を活性化させお金を循環さるモデルとして「明石モデル」と呼ばれるようになりました。
石井氏と泉氏の政治理念の共通点
官僚主義政治から国民を向いた国民のための政治
お二人に共通する政治理念としては「金権政治からの脱却」と「国民負担増政治からの脱却」があげられます。
金権政治とは?
お金をくれる人のほうを向いた政治のこと。
国民から預かっている税金を特殊法人をはじめとする献金団体にばらまいているからお金が足りなくなる。そして結果的に税金の増加となり国民負担が増えるという負のスパイラルになります。
国民のお金を国民のために使う、国民のための政治に変えることが政治家の本分。
まとめ
石井紘基と泉房穂における日本の政治
・石井紘基の政治家としての代表的な業績
・泉房穂の明石市長としての取り組み
・石井氏と泉氏の政治理念の共通点
今の政治家に石井氏のような「運動家でもあり、研究者でもあり、政治家でもある」三位一体の方はいないと思います。
22年前の忌まわしい事件は、日本にとってあまりにも大きな損失だったのではないでしょうか?
石井氏は国会で「ここまで調べるか」というような事実関係がきっちりした内容の質問されていたそうです。
そうすると一目置くしかなくなり、自民党員から見ても「敵ながらあっぱれ」となります。
また同じ民主党内でも派閥をまたいで、「石井氏の話は聞く必要がある」と議論することもあったそうです。
石井氏のご冥福をお祈りします。
そして「遺志」を継ぐ泉氏の今後に注目していきたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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